2021.8.2
【人事必見】360度評価とは?導入のポイントや注意点までまとめ
さまざまな企業で実施されて浸透しつつある「360度評価(多面評価)」という人事制度を知っていますか。多様化する働き方が求められる時代における新たな評価方法として、日本企業にも定着しつつあります。しかし、実際に、360度評価を熟知して運用している人事担当者はそれほど多くないのかもしれません。そこで今回は、360度評価について導入の際のポイントや注意点など人事必見の情報を中心に紹介します。
360度評価とは?
360度評価とは、部下や同僚、取引先の関係者なども含めた、仕事上のさまざまな段階で関わる人たちに聞き取りを行って人事評価をする方法です。一般的な人事評価が上司のみであるのに対し、広範囲の関係者を対象にすることから、「多面評価」とも呼ばれます。360度評価を行う目的は、上司のみでは気づけない能力や行動、成果などをくみ取り、評価の補完を行うためです。客観的な評価を確保することで、評価対象者は企業や仕事に対して信頼感を持つようになります。従業員のエンゲージメントを高めることも、360度評価の目的のひとつです。
一般的な人事評価は、上司の考え方や性格などによって、一定のバイアスが生じてしまうことが避けられません。このことから、上司の顔色をうかがうような行動が増える弊害が生じることもあります。360度評価の特徴は、複数の意見を聞き取ることで多角的な評価につなげやすいことです。評価対象者側からみれば、いろいろな人の評価を知ることで、自分の長所や短所により気づきやすくなります。上司だけでなく同僚、部下、顧客などと良好な関係を築きながら仕事をするきっかけとなる人もいるでしょう。人材育成の効果が期待できるのも360度評価の特徴です。
2016年秋の段階において、360度評価を導入している企業の割合は46.1%でした。内訳をみると、大企業の導入率が高い傾向があります。
360度評価が重要視される背景
360度評価が注目されている背景のひとつには、企業体制が変化したことが挙げられます。終身雇用の廃止が進み、年功序列をもとにした人事評価が時代遅れになりました。組織のフラット化が進み、それとともに成果主義が重視されてきています。また、ITC技術の進歩によりコミュニケーションツールが普及したことで、上司1人に対する部下の数が増えている傾向にあります。加えて、部下の時短勤務やフレックスタイム制にも対応しなければなりません。コスト削減による人員整理や人手不足から、管理職のプレイングマネージャー化も進んでいます。
要するに、上司が部下とコミュニケーションを取る時間が少なくなり、適正な人事評価が難しくなった反面、従来よりも公平で客観的な人事評価が求められるようになったのです。こうした背景から、360度評価を導入して多面的なデータを集めることで人事評価の信頼性を確保する動きが活発になりました。正確な他者からの評価は従業員の成長に役立ち、仕事に対するモチベーションも高められます。また、管理者の適材適所の配置や業務効率化、生産性の向上が図れる面からも360度評価が注目されています。
360度評価のメリット
360度評価を導入する大きなメリットは、公平性や客観性を保てることです。評価する側からみれば、評価対象者に対するさまざまな意見を総合的に判断することで、より正確に従業員の特徴や長所・短所を把握できるようになります。また、評価対象者からみれば、直属の上司以外の人からの評価も聞けるため、今まで気づけなかった自分の特性を理解できるのがメリットです。このことは評価を受け入れやすくし、人事評価に対して信頼感を持ってもらえることにもつながります。
人事育成の面でメリットがより大きくなるのは、管理者層かもしれません。特に部下からの正直な評価は聞く機会が少なくなりがちなため、改善点をみつけたり成長するための課題を発見したりするのに効果的です。同僚や部下が自分をどのようにみているのか可視化するために、グラフを使って理解しやすいように工夫している企業もあります。たとえばレーダーチャートがあれば、自分に足りない面や強みなどを認識しやすくなるでしょう。
また、多面的な評価を聞くことで、企業のコンピテンシー(特定の業務・役割で優秀な成果をあげられる行動特性)とは何かについて意識改革を促せられるメリットもあります。たとえば、上司のみの評価では個人の営業成績を挙げることのみが重視されたかもしれません。しかし、同僚や取引先の声も含めた360度評価ならば、より視野の広いコンピテンシーがみえてくるでしょう。売上向上だけでなく顧客満足度の向上、既存顧客のフォローアップなど、新たな課題や改善点を見つけるためにも360度評価は役立ちます。複数の人から評価される一方で、自分も複数の人の評価担当を担うのが360度評価の特徴です。このことも、コンピテンシーについて視野を広げるきっかけになります。
360度評価のデメリット
複数の評価者の声を集め、総合的に人事評価をするのが360度評価の特徴です。しかし、360度評価の特徴やメリットをよく理解していない人が人事評価の責任者になると、結局のところ、その人の主観による判断になってしまう恐れがあります。360度評価では、基本的には複数の評価者の評価を分類して平均化するべきです。責任者の偏った考えで評価者たちの意見を取捨選択してしまっては、好き・嫌いの投票と変わらなくなる点に注意しましょう。
だからといって、評価を分析しようとしない姿勢も問題です。ただでさえ評価者が多数いて、それぞれ評価が異なるため、傾向や特徴を整理する必要があります。この作業をしなければ、口コミのような一貫性がないデータの寄せ集めになり、評価される従業員の業務の能力や成果などを、適切に評価できなくなってしまいかねません。リーダーシップが発揮できなくなるリスクもあります。360度評価の導入が有効に機能していれば、従業員のモチベーションアップや、管理者が自分の改善点をみつけるなどのメリットが出ます。
しかし、相互監視のプレッシャーが大きくなりすぎると、たとえば部下からの評価を気にするあまり、的確な指示を出せなくなってしまうかもしれません。このような萎縮した状況が社内に広がれば、企業が不利益を被ってしまう可能性があります。上司のみで行う人事評価に比べて、工数が多くなりやすい点も360度評価のデメリットです。多数の人が参加する360度評価では、どうしてもトータルの工数は増えてしまいます。他部署や取引先への聞き取りなど範囲を広げるほど、工数は増えてしまうでしょう。
また、運用ルールの問題で、本来評価に加わるべきではない、業務上関係が薄い人が評価者になるケースがないか検討することも必要です。この場合、工数が増えるだけでなく、評価の精度に影響が出てしまいます。
360度評価を導入する流れ
ここでは、360度評価を実施する人事担当者や経営者からの視点で、導入から運用までの流れを解説します。まず明確化しなければならないのは、360度評価を導入する目的です。人事評価においては、人材育成のビジョンや経営戦略なども関係するため、通常、基本的な方向性は経営層や管理者層が作成することになるでしょう。しかし、上司のみで行っていた従来の人事評価に比べて、多数の従業員が参加し、評価に参加する場面が増えるため、社内で議論をする場も設けるべきです。何のために360度評価を導入して、どのように運営していくのか、その結果、何を達成したいのかを伝え、従業員からの意見を収集しましょう。
特に、評価基準や運用ルールをオープンにすることが非常に重要です。新たな人事評価に対して不信感が生まれてしまえば、組織運用に支障をきたしてしまいます。場合によっては、業績低迷や離職率が増えるなどの顕著な影響となって現れるかもしれません。公平で客観的な評価を行えるのが360度評価の大きなメリットなので、この点を重視して適正な評価システムを決めていきましょう。次に行うのは、人員の選定です。一概にはいえませんが、360度評価では1名に対し2~10名の従業員を選定するのが目安です。企業や職場の規模に応じて「どの部門から選ぶか」「役職・立場の配分をどうするのか」などの大枠をまず検討すると、選定しやすくなります。最終的には、どの人にどの評価者をあてるかまで、この段階で決めておきます。
360度評価の実施にあたっては、従業員に負担がかからない回答形式とボリュームを選ぶことが重要です。選択制のアンケート形式を採用したり、電子書類に評価を記入できるようにしたりするなど、工数が増大しないように配慮しましょう。また、後ほど説明しますが、部下が上司を評価するときに匿名性を保証するなど、心理的な影響が出にくい回答形式を検討することも重要です。フォーマットが決まれば、いよいよ実施となりますが、特に導入初期の場合は人事担当者や経営者からのアナウンスが重要です。改めて360度評価の目的と評価基準、評価方法などをわかりやすく説明し、周知を徹底していきます。
多くの人が評価に加わる360度評価では、スケジュール管理も重要です。必要な期限までに回答が集まるように定期的に提出を促すなどのコミュニケーション手段を確保しておきましょう。役職がない従業員などは、人事評価することに慣れていません。必要に応じて社内研修を実施し、評価のポイントになる項目や客観的な評価をする方法などを説明しておくことも重要です。360度評価の実施が完了すれば、後は集まった回答を整理し、可能な限り公平で客観的な人事評価となるように評価を決めていきます。しかし、これで終わりにするのではなく、評価対象者に評価を伝える作業も大切です。
このプロセスを丁寧に行うことにより、評価対象者が業務に対するモチベーションを高められたり、人事評価に対して信頼を持ったりできます。フィードバックをする際のポイントは、担当者の主観を入れず多数の評価者の意見を事実として伝えることです。ただし、短所に対する指摘や成果が不十分であるという評価などマイナス面に関しては、フォローやアドバイスを入れることも重要です。フィードバックを行う担当者の選定は、評価対象者の上司や責任者と話し合い、360度評価の実施前に決めておきましょう。
360度評価を導入する際のポイント
理想の人事評価は企業で異なりますが、360度評価も同じことがいえます。しかし、いずれの場合においても企業にとってプラスの効果を発揮するためには、公正性と客観性が保たれていなければなりません。360度評価の実施目的、評価基準、運用ルールを明確に作成し、適正な評価ができるシステムを作ることが導入を成功させる前提になります。そのための重要なポインの1つは、360度評価の対象者を人事評価の対象者全員にすることです。一部の上司は除くというようなルールにしてしまっては、この時点で公平性が失われてしまいます。
2つ目は、評価の重要性を役職や立場に応じて変えないことです。たとえば、選択式のアンケートの場合、基本的には平均点を評価結果とします。3つ目は、360度評価の結果を何に適用するのか明確にして、従業員に対して公表しておくことです。「来期からの人材育成プラン作成」に使うなど、具体的な項目を挙げなければ、いくら実施目的が明確でも説得力がなくなってしまいかねません。このようにして定めた制度は、実施前に広報して従業員の理解を浸透させておくことも重要なポイントです。不慣れな評価者に対しては、事前研修などでフォローしておきます。
人事評価が未経験の人の場合、「普段厳しく指導されている上司に低い評価を与える」「従業者同士で相談して、高い評価を与えあう」など、客観性を欠いた行動を取るリスクもあります。人事担当者のように規範意識が身に付いている人ばかりではなく、客観的な評価とは何か十分に理解できていない人もいるため、十分な配慮が必要です。ただ、感情の影響や主観的な判断を完全に取り除くこともできません。そのため、たとえば「顧客に対する誠実な姿勢」など、あいまいな評価を含む内容に関しては「わからない」という回答を認めるなど、評価を強いない・数値化しない回答形式を取り入れることも客観性を保つ方法のひとつです。
360度評価を導入すると、人材育成や企業や業務に対するエンゲージメント向上が期待できます。これらを達成するために重要なポイントは、評価を評価対象者にフィードバックし、適切なフォローを行うことです。360度評価の本質は「人材マネジメント」であるという意識で取り組みましょう。また、フィードバックは一方的に評価対象者に結果を伝える場ではなく、要望や意見を聞き取れる場でもあります。評価対象者の声もくみ取って、必要に応じて改善していきましょう。そうすることで、評価される側も評価する側においても、360度評価を自社の現状にあった、より適切なものに変えていけます。
360度評価の運用に際する注意点
人事評価というと、賞与や昇進を決める情報として活用するイメージがあるかもしれません。しかし、先に説明してきたように、360度評価は他の評価方法に比べて人材育成のメリットが大きいことが特徴です。また、複数の関係者が評価をして平均化することから、評価対象者の能力や成果を報酬という数値に換算することには向きません。360度評価が客観的で公平な評価方式であるからといっても、この制度だけで報酬決定してしまえば、逆に公平性が失われてしまうリスクが高いことに注意が必要です。
一般的には、360度評価は主に人材育成の目的で活用し、報酬決定は上司たちが行います。360度評価の項目には成果や能力に対する内容が少なく、業務に対する姿勢やコミュニケーションの様子など人物像を把握するための項目が重視されるのはこのためです。ただし、人格評価のようになってしまうと評価する側も評価される側も心理的な負担が大きくなってしまうでしょう。企業によっては「夢中力」や「ビジネス感度」など評価項目自体を抽象的にしたり、イラストによるコメントを許可したりするなど工夫しています。
360度評価では、ありのままの情報を集めることも重要です。しかし、同僚の短所を指摘したり、上司の管理能力に関して低い評価をしたりすることも360度評価ではあり得ます。こうした場合は、普段直接伝えられないような内容が多く、360度評価においても回答を避けてしまうケースが少なくありません。ひとつの解決策は、匿名性を保つ仕組みにしておくことです。記入自体を匿名にしたり、360度評価の実施担当者しか名前を確認できないようにしたりするなど、方法は複数考えられます。自社にあった方法を選びましょう。
匿名性の確保においては、評価内容を誰かに伝えることを禁止するなど、社内のモラルを啓蒙することも必要です。こうしたルールはあいまいになってしまうこともあるため、人事担当者や経営責任者が文書にして通達するなど同じ基準を共有できる対策を取りましょう。特定の役職以上の評価をオープンにするなどで、逆に評価者の匿名性を高めている企業の事例もあります。報酬や人事に使用しないルールで「実施してほしいこと・やめてほしいこと」「従業員からの意見」などの項目を社内で共有するなどです。風通しのよい組織作りの一環としても、360度評価は活用できるのではないでしょうか。
360度評価を熟知して運用しよう
360度評価は多角的な評価や人材育成が可能など多くのメリットがあります。一方で、評価に一貫性が出ないことや人事評価の工数が増えるなどのデメリットもあります。企業の人事担当者や経営層はこれらの面を熟知したうえで導入、運用し、改善を繰り返していくことが重要です。デメリットに注意すれば、360度評価は企業を成長させるために効果的です。人事システム更新の必要性を感じている企業は、運用を検討してはいかがでしょうか。