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2020.9.4

『ピープルアナリティクスの教科書 組織・人事データの実践的活用法』編著者に聞く「人の成長を科学的に支援する最新技術」

『ピープルアナリティクスの教科書 組織・人事データの実践的活用法』(日本能率協会マネジメントセンター)は、2020年5月30日に出版され一大ブームを巻き起こしています。ピープルアナリティクス、データドリブン型人事、人の成長を科学的に支援する、など従来の人事関連の書籍にはない単語がならび、人事の領域に新しい潮流が巻き起ころうとしていると感じました。

今回、この本の編著者である北崎氏と、著者でもあり一般社団法人ピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会副代表理事でもある加藤氏に、この本に込められた思いとコロナ後の人事のありかた、ピープルアナリティクスとの関わり方などについてお話を伺いました。

北崎 茂(きたざき しげる)氏(写真左)

一般社団法人ピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会理事

加藤 茂博(かとう しげひろ)氏(写真右)

一般社団法人ピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会副代表理事

聞き手:青栁 伸子(あおやぎ のぶこ)

ラグジュアリー・リテール業界にて約20年間人事部門の責任者をつとめたのち、独立。合同会社NOBuコンサルティング代表社員。戦略人事コンサルタント。

人事が学ぶ必須科目としてのピープルアナリティクス

-今日はお時間をいただきましてありがとうございます。『ピープルアナリティクスの教科書 組織・人事データの実践的活用法』(以下この本)読ませていただきました。私が手さぐりで人事をやっていた頃にこの本があればどんなに幸せだったろう、と痛切に思いましたし、必要なことはすべて網羅されているのに難しすぎない、導入事例も紹介されている、過不足のない素晴らしい本だと感じました。
まず、この本を書こうと思われたきっかけについてお話いただけますか。

(北崎氏)
この本の構想は3、4年前からありました。
「ピープルアナリティクス(以下PA)」という言葉は、マーケットの中での解釈がバラバラで、バズワードのような扱いをされることや、断片的な情報だけを取り上げられることが良くあったんです。日本においては、PAの本当の姿が正確に理解されていない、とずっと感じていました。

一方、海外に目を向けて見ると、エビデンスベースで人事をすることは一般的なんです。米国ではPAやデータドリブンの書籍が多く出版されていますし、人事業務やPAが、大学等で学問として体系立てて研究されています。

日本においても、PAを正しい方向に導くための羅針盤があるべきだと考え、この本を書きました。 教科書という位置づけにしたのは、内容が専門的になりすぎてしまうと、手に取るハードルが上がってしまうと考えたからです。今の日本の人事の方々に広く受け入れてもらえるよう、タイトルに教科書と入れましたが、おかげさまでご好評いただいているようです(笑)

(加藤氏)
人事やPAの領域は日本のアカデミアにおいて、学問として正式に認められていないので、日本の人事はまっさらな状態で人事業務に飛び込むことが当たり前になっています。この本は、そんな日本の雰囲気を変えていく一歩にもなると思います。

(北崎氏)
米国では、PAやHRM(ヒューマンリソースマネジメント)を教えている大学、大学院は多くあり、PAにおいては代表的なものではペンシルバニア大などがあります。海外のHRには、HRMを学んできた人が沢山いる一方で、日本では体系的に学ぶ場が整えられていないため、「人が最大の資産だ」と言いながらも、知識や経験を持った人がいないという状態ですね。

(加藤氏)
私がミシガン大学に行った頃はまだPAという概念はなかったんです。
ネットワーク分析の共同研究を米国の大学と行った際は、自分が学んだものと全然違ったことにショックを受けました。人事を取り巻く環境は日々変わっているので、日々学び続けなければいけないと思っています。

大学と企業の連携が変化に繋がる

-これだけ人事が重要になってきている世の中で、人事が必要とする知識を体系立てて学ぶ場がなく、相変わらず「経験と勘と情緒の人事」なのは悲しすぎませんかと。データを元にして判断できる人事の潮流を、今の若手の人事の方には作って欲しいと思います。

(北崎氏)
海外では、会社に入った後でも大学院に入って最新の学問を学び、その後また会社に戻って学びを実践の場で活かしていく。そういった循環の中で、企業と大学との間で情報や人の交流が盛んに行われます。経済の一つのパーツとしてアカデミアが存在しているんです。

ところが日本ではその2つが分離している傾向が強い。今のように情報も技術もどんどん変化していく時代においては、企業と大学が一緒になって流動的に変化していく必要があるにも関わらず、その流れがほとんど無い、あってもスピードが遅いです。

私の所属しているコンサルファームでは、海外の多くの大学と提携して共同研究などを進めています。我々が今のマーケットの状況や最新のトレンド情報などを提供し、大学ではそのデータが研究員の方によって分析され、理論化されていきます。

-日本でも海外のように、企業と大学を行き来することが社会のシステムとして成立すると思いますか?

(北崎氏)
根底にあるのはマインドセットの違いだと思います。欧米全てとは言いませんが、彼らは自分の市場価値をあげていく、売り込みをする、ということが得意です。雇用の流動性が高いので、アップスキルして自分の市場価値を高めるために、大学に戻って勉強しようという発想になります。

一方日本では、会社に一度入ると、あとは「その中でどう生き延びていくか」という風潮が少なからずあるのは否めないような気がします。日本人は、欧米と比較すると自分の市場価値を高めて見せていく意識が低く、行動にも移さない。そのあたりの意識の差も、企業と大学の循環(交流)が促進されない一つの要因にあると思います。

ジョブ型人事とPA

(北崎氏)
今、日本でもジョブ型雇用という言葉がよく聞かれるようになって、自分の市場価値を社会の中で相対化する必要が出てきたように思います。例えば、海外では仕事のジョブディスクリプションと自分をうまく当てはめていかないと雇ってもらえない。そのために自分の価値を高めて売り込むということに慣れてきたわけですが、日本でも今後そうした傾向は高まっていくでしょう。

(加藤氏)
ジョブ型雇用の対極に日本企業の多くが採用する「メンバーシップ型雇用」があります。
最近では、メンバーシップ型雇用の前提となる「終身雇用」「年功序列」の存在が揺らぎつつあり、多極的な世の中をワンモデルではやりきれなくなることは確実です。

そうした状況の中では、「自分がそう思うから」といった市場のトレンドもデータの分析もない感覚的な人事のあり方は危険です。

人事のやり方を根本的に変えるために、データを見ることすなわちP Aは必ず必要なものになってきます。

PAの十分な知識がない状態で、「これからはジョブ型だ!」と断言するような姿勢は流行りに踊らされているだけのように感じてしまいます。

コロナ後の企業と社員

-今の新型コロナウイルス感染症の流行によって、そうしたワンモデルな人事のあり方は変わっていくと思いますか?

(北崎氏)
あらゆる企業がコロナの流行を機に、「働き方をどうするべきか」「社員がどんな声を持っているのか」について深く考えようとしています。

今は誰もが初めての状況に置かれています。
今までは、朝オフィスに出勤してしまえばそこからは全員が同じ環境で仕事に集中することが当たり前でしたが、今は子供と同じ部屋でビデオ会議に参加したり、仕事の合間に学校がお休みになった子供の昼ごはんを作らないといけなくなったりと仕事と生活が切り離しづらくなっています。それによって逆説的ではありますが、多様なバックグラウンドがそれぞれに存在していることが、実感として感じられるようになり、配慮しようとする意識に繋がっているように思います。

(加藤氏)
ONA分析をしてみると、コロナによって組織のネットワークは大きく変わりつつあることが分かります。

従来の組織は、居心地の良い閉じた関係性の中で密な付き合いをする男たちの世界で、コミュニケーションの頻度やその形式が昇進に影響していました。飲み会を初めとする男性だけの密なネットワークで、利益を得ることのできる構造が出来上がっていたというわけです。

リモートワークが始まると、そうはいかなくなります。ビデオ会議に子どもがジャンプインしてきたり、密なコミュニケーションを取れない中で想像力を働かせながら仕事をする必要が出てきたりと、勝負の土台が変わっている、とも言えるでしょうか。

そうなると、評価制度も変える必要が出てきますが、その準備ができている会社は少ないと思います。

ニューノーマルの世界とPA

―リモートも働き方の選択肢になって会社との関係性が変わっていく。そんな中でPAがはたしていく役割はどんなものになるとお考えですか。

(北崎氏)
まず、オフィスの在り方から変わっていくと思います。リモートワークが加速することにより、従来の社員が作業をする場所としてのオフィス機能の在り方は、今後少なからず薄れていくと思われます。既にいくつかの企業では、オフィスはコラボレーションをする場であったり、社員間のリレーションを構築する場、さらには顧客と一緒にイノベーションを生み出す場であるというような考え方にシフトさせようともして、これまでとは違ったオフィスの在り方を模索し始めています。

ただ、これらのことに「解」がある訳ではないので、試してみて何か問題があれば対処していく。何かを変えてみてデータを取ってそれを元に分析して改善するという動きが重要になってくると思います。

オフィスのあり方でもデータが必要なように、人事の世界でもデータは必ず必要になります。従業員のモチベーションがリモートによってどう変わったか、というようなモニタリングの機能はHRが持つべきプラットフォームになると思います。従業員の状況を可視化して判断する、いわゆるデータドリブンという動き方が進むでしょう。特に今のようにお互いの顔が見えない状況だとなおさらですね。

-リモートになって上司や仲間が目の前にいない、その不安感で鬱になってしまう方がいるそうです。前に進むこともですが、世の中の流れからこぼれてしまう方をどうケアするかということも大事になりますね

(北崎氏)
そうですね。私の会社では今年入った新入社員にバディというお兄さん・お姉さん役をつけて、色々なイベントごともケアしているつもりでしたが、パルスサーベイを取ってみるとやはり周囲とのコミュニケーションが円滑に進んでいないひとはどうしても出てきてしまうんです。これは我々マネジメント側の責任なのですが、データを用いて可視化することで、そういった状況をすぐに認識し適切なアクションに繋げることができました。データがなければそうはいかなかったと思います。

PAは人事のためのもの、と言われていますが、実は現場のラインマネージャのために必要不可欠なものでもあると思います。今後、リモートワークの働き方が常態化して、今までは同じ部屋にいた部下の姿が見えなって今考えていることや悩んでいることがどんどん分からなくなる。その中でどうやってマネージャークラスの人がケアしたり意思決定をしていったら良いのか。そのためのヒントが必要になります。それがPAの役割の一つだと思います。

(文:青柳伸子)

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