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2021.9.8

「話を聞いただけ」で終わらせない 
転職エージェント界のキーパーソンが語るこれまでの道のり

ベンチャー・スタートアップの転職専門エージェントKeyPlayers。人と企業の相性を見極め引き合わせる、高いマッチング力が評価されています。今回はKeyPlayers代表取締役でありエンジェル投資家としての顔も持つ、高野秀敏さんにお話を伺いました。

高野 秀敏 たかの ひでとし

新卒で株式会社インテリジェンスへ入社。その後、株式会社キープレイヤーズを設立し、人材エージェントとして、55社以上の社外役員・アドバイザー・エンジェル投資を国内、シリコンバレー、バングラデシュで実行。1万名の方のキャリアカウンセリングと面談対策。

https://keyplayers.jp/

折り目正しい父と祖父、やんちゃな同級生に囲まれながらコツコツと積み重ねた学生時代

ー幼少期や学生時代はどんな将来を思い描いていましたか?

具体的な職業までは想像していませんでしたが、「社会や人のお役に立ちたい」という思いは幼い頃から持っていました。父も祖父も天皇陛下から叙勲を受けるくらいの立派な人で、二人から受けた影響は大きいです。祖父は農家でしたが、田んぼから僕の同級生を見つけたらそれがどんなヤンキーであろうと帽子をとって頭を深く下げるんです。ヤンキー達からすると、そんなことをしてくる人はいないわけで「お前のじいちゃんすごいな」と。基本を徹底する祖父らしいエピソードだなと思って特に驚きませんでしたが、ヤンキーたちからするとびっくりですよね。

生まれ育ったエリアは、お世辞にも治安がいいとは言えない地域でわかりやすく荒れた若者も多かったんです。通っていた中学校は、窓ガラスが当たり前のように割れていましたし、楽器を盗む人が出てくるから音楽室がないという絵に描いたような荒れっぷり。
ただ、僕自身はコツコツと粘り強くやるというタイプでした。そこは今もあまり変わっていません。

早く打席に立ちたい。ベンチャー企業から始まったファーストキャリア

ーHR業界へと足を踏み入れたきっかけを教えてください

最初にHR業界と接点を持ったのは、大学時代に経験したリクルートでのインターンです。といってもHR分野のビジネスに強く興味があったわけではなく、交通費と報酬がきちんといただける、そんな好条件のインターン先が当時は少なくて。僕は1999年卒なんですが、インターンの制度自体が珍しい時代でした。

リクルートの中でも優秀な人が集まる部署に配属されて、そこで多くの刺激を受けました。そして素直に、今の自分ではこの人たちに敵わないと思ったんです。
僕はインターンをしていた頃から「就職後活躍」が大事だと考えていました。もちろん仕事を通じて自己成長することも大事ですが、なるべく早く打席に立って結果を出すことで成長したいと思ったんです。そこで結果を出せなかったらもちろん自分の責任ですが、その時はまた新しく、どんな仕事でも始めればいいだろうと。
「ジャイアンツで補欠をやるより、どの球団でもいいから早く打席に立ちたい」そんな感じが近いでしょうか。普通の大学生や社会人とは、少し違う考え方かもしれません。

ーそこでベンチャー企業への就職を選ばれたんですね。周囲の反応はいかがでしたか?

僕のいた東北大学では、卒業後、公務員の道を選ぶ人が一番多くて、一般企業に就職するとしても金融やメーカーの大手企業ばかり。それ以外の選択をする人は、ほとんどいませんでした。そんな状況だったので、周囲からの反対は少なからずありましたね。

ー周りが公務員や大企業といった選択肢をとる中で、高野さん自身に葛藤はありませんでしたか?

迷いはほとんどありませんでしたし、後悔もしていません。
今でこそベンチャー企業への就職は珍しくないですが、みんなが選ばない頃にベンチャーにいったからこそ今の自分のキャリアがあると思っています。

キャリアカウンセラーの適正100%。駆け抜けたインテリジェンス時代

ー当時まだ駆け出しのベンチャー企業だったインテリジェンス(現パーソルキャリア)に、新卒入社されたんですよね?

僕が入社した年は、40人以上の新卒とそれと同じくらいの中途組が入社しました。合計で200人ほどの会社だったので、その頃ほとんどの社員が勤続年数1年未満。良くも悪くも体系だった組織体制があるわけではないので、新卒であろうとすぐにプレイヤーとして打席に立つことができました。

ーどんな業務を担当されていたんですか?

キャリアカウンセラーです。実は入社時に受けた適性検査で、キャリアカウンセラーの適正が100%だったんです。新卒から今まで「人のキャリアに寄り添う仕事」が続いていることを考えると、その時の結果はあながち間違っていなかったんですね。

ーインテリジェンスから独立するタイミングは、どうやって決めたんですか?

入社した時から「いつかは独立して自分で事業をやっていくだろう」と考えていました。ネガティブな意味ではなく、次のキャリアのために会社を辞めることは当時のHR業界だと一般的だったんです。
2002年くらいに不景気の煽りを受けて会社の株価も下がって、たくさんの人が離職した時期がありました。僕は株価のために働いているわけじゃないし好きにやろう、そう思って働き続けていたら2004年くらいに景気も会社も持ち直してきて。その頃には会社も1000人規模になり「一仕事を終えた感」というか、次のステップに進んでもいい頃かなと自分の中で折り合いがついて、独立を決めました。

個人と企業が幸せになれるマッチングを

ーそして今のKeyPlayersが生まれたんですね。
ベンチャー・スタートアップの採用に特化したのはなぜでしょうか?

今も当時も共通していますが「知名度の無さがネックになって満足な採用ができない」ことが、ベンチャー企業ならではの課題です。採用に投資するといっても資金調達は難しく、ベンチャーの採用活動をサポートしようという会社もなかったんです。

僕自身は、自分の意思で迷いなくベンチャー企業に飛び込みましたが、求職者にとって企業の見極めはとても難しく、慎重にならざるを得ないのは当然のこと。知名度がなくても素敵な会社はありますし、そんな会社で自分の力を存分に発揮しながら働きたい人がいるのも確かです。

求職者と企業の双方が幸せになれるマッチングを見極める」、そのお手伝いに、自分の適性を活かせると確信していました。そんな思いで起業したのが2005年。ですから、かれこれ15年以上この仕事を続けていることになりますね。

父や祖父から受け継いだ人の役に立ちたいという思い

ー高野さんは転職エージェントとしてだけではなく、投資家としての顔もお持ちです。何かきっかけはありますか?

投資家になるぞ!と思ってなったわけではなく、わりと成りゆきなんです。応援したいと思える経営者の相談に乗って投資しているうちに、どんどん実績がついてきて投資家として認知されるようになりました。投資をするかしないかの基準はまず「人」ですね。

ーツイッターのプロフィール欄に「バー経営」という一文を見かけました。多岐にわたるお仕事を手掛ける中で大切にしていることがあれば教えてください。

コロナになってから、オンラインでのアポが一般的になって「人の話を聞く」時間がさらに増えました。人の話を聞くって、人の時間をいただいていることと同じなので、その人にとって役に立つ何かを持ち帰って欲しいとは常に思っています。父や祖父に受けた幼少期からの教えが、自分の中に息づいているんでしょうね。

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