2020.11.4
スタートアップでコーヒー文化を変える「いつでもどこでも誰でも、スマートにコーヒーが飲める世界へ」
コーヒーのサブスクリプションサービス「ポストコーヒー(POST COFFEE)」。
ユーザーはまず、可愛らしいビジュアルの診断ツールでいくつかの質問に答えます。すると、AIがその人に合った豆を15万通りの組み合わせでセレクト。毎月、3種類のコーヒーがポストへ届きます。届いた豆に対してフィードバックを回答すると、翌月はその回答に合わせて別の豆が届き、お家にいながらコーヒーとの出会いを気軽に楽しむことができる、という仕組みです。
現在取り扱っている豆の種類は30種類ほど。豆の状態も選べるので、コーヒー初心者から珍しい豆に出会いたい欲求を持つ上級者まで、様々な層の人々に受け入れられているのも頷けます。
サブスクリプション型のサービスはあらゆる商材で加速している流れですが、「スタートアップ×コーヒー」の形式をとってサービスを展開しているのは、なかなか珍しいのではないでしょうか。サービスの発想から、ポストコーヒーが見据える未来まで、創業者の下村さんに話を聞きました。
目次
下村 領 しもむら りょう
ポストコーヒー代表:1982年6月15日生まれ。2005年5月兄弟でヘレティック創業。Web サイト制作、グラフィックデザインなどを主軸にデジタルクリエイティブを手掛ける。13年7月 渋谷にコーヒー屋兼コワーキングスペース「メイカーズコーヒー」をオープン。18年9月、ポストコーヒーを創業。
なぜ、コーヒーでスタートアップなのか
ーコーヒー業界で、サブスクと機械学習によるレコメンドをミックスさせたサービスは珍しいと思うのですが、発想のきっかけを教えてください。
元々、システム開発とデザインの会社を16年ほど経営していました。
それと並行して渋谷で3年間コーヒー屋をやっていたんです。バリスタとして、自分もお店に立っていたんですが、豆の種類を説明して「どれにしますか?」と尋ねると、ほとんどの人が「おすすめでお願いします」と言うんですね。
それって、「自分の好みがわかっていない」ってことだなと思って。
「お客様一人ひとりにヒアリングして最適なコーヒーを提供する」そのプロセスを事業化できないだろうかという発想から、ポストコーヒーは生まれました。
コーヒーは本当にそれぞれの好みなので、いくら高いものであっても、嫌いな人もいれば好きな人もいる。大手の企業さんは、コーヒーのフレーバーを科学しがちですが、その味にハマるかハマらないかって結局はその人次第なんです。そして豆の種類や焙煎度合いの情報からその判断をすることは、ほとんどの人にとって高いハードルです。
そこで、ライフスタイルや趣味、嗜好からおすすめのコーヒーを導き出す、今の仕組みになりました。
正式版リリースの前に、ベータ版として1年間公開していました。
ベータ版は、amazonのダッシュボタンのように、「すぐに届くこと」がウリのアプリだったんです。その間に実施したユーザーインタビューでの「いろんなものを飲んでみたい」「思考停止で選びたい」といった課題が今のスタイルに繋がっています。
ースタートアップの形式を取らないと挑戦できなかったことって何ですか?
日本におけるレギュラーコーヒーの業界って、誰もが知っているような大手のチェーンか、個人事業主の営む小さいコーヒー屋さんかの二極化をしているんです。これは、ヨーロッパやアメリカと比較しても珍しい構造で。
ある程度資金を入れて挑戦することで、小さいコーヒー屋や、もうオペレーションが完結してしまっているような大手とはまた違った形でコーヒー業界を変えていけるんじゃないか。そう思って、スタートアップとして事業を始めることにしました。
ー今年の2月に、オフィスと店舗と焙煎工場を同じ空間にまとめられたとのことですが。
一緒の方がコミュニケーションもスムーズになりますし、とにかくPDCAの速度をあげたいなと思ったんです。
社員が8名いて、その中には、デザイナーやエンジニアだけでなく、バリスタや焙煎士も含まれます。みんなコーヒーが好きなのはもちろん、バリスタの資格を持っていたり、コーヒー屋で働いたことがあったりと知識も豊富で。
コーヒーの味を確かめながら、職種を超えてプロダクトに落とし込んでいけるのは、同じ空間に全部の機能が集約しているからこそですね。
メカが好きでコーヒーにのめり込んだ
ー下村さん自身は、いつコーヒーを好きになったんですか?
数年前まで、毎日缶コーヒーを飲む「自称コーヒー好き」だったんです。
ある日、ネットサーフィンしていた時に、すごくかっこいいエスプレッソマシンを見つけて。「どうしても欲しい!」と思って、気付いたら買っていました。かなり高い買い物だったので、何か言い訳を作らないと…と思って、コーヒー屋を始めることにしたんです。
そこからは急激にコーヒーの世界にのめり込んでいきましたね。
コーヒー界隈って、横のつながりが、すぐに広がるんです。色々なコーヒー屋さんから話を聞いて、勉強していくほどにハマっていって。
スペシャリティーコーヒーを飲み始めてからは、それ以外のコーヒーを飲めなくなる沼にはまりました。
ーデザインやエンジニアリングの会社を経営する傍ら、コーヒーの業界に踏み込んで…とまさに唯一無二のキャリアを歩んでいるように感じますが、ご自身が好きだと感じるものや、のめり込むものに共通する条件はありますか?
大きく分けると2つあります。
ひとつめが、自分で何かを作れるもの。デザインやエンジニアリングを含め、これまでの仕事は全てそうだなと思いますね。
ふたつめが…メカとしてのカッコよさです。写真を撮ることがあるんですが、写真が好きというよりも、メカとしてのカメラが好きなんです。
いいものがあるなら、伝えたい
ーメカが好きだったり、物づくりが好きという気持ちは内側に潜っていくようなモチベーションなのかなと感じます。他者に向けて、社会に向けて考えていることはありますか?
それでいうと…
世の中にいいものがあるのに、悪いものを使い続けてる状態をひっくり返したいという思いは、前の会社の時からずっと持っていますね。いいものがあるなら伝えたい。
美味しいコーヒーは世界にいっぱいあるのに、以前の僕も含めた日本の92%の人たちは、缶コーヒーや、コンビニのコーヒーを飲み続けているという統計があって。すごくもったいないなと思ったんです。もちろん、最近はどんどん味の改良もされてきて、気軽に飲める美味しいコーヒーは増えてきていますが、一日に飲めるコーヒーの量には制限があるじゃないですか。だから、なるべく多くの選択肢を知って、美味しいコーヒーを幸せに飲む人が増えて欲しい。
僕が、スペシャリティコーヒーに出会って、その魅力に取り憑かれてしまったからこそ、そう強く思います。
カルチャーごと変えていく
ーポストコーヒーのサービスは、ウェブやパッケージの統一感あるクリエイティブも特徴だと思います。こだわりについて教えてください。
小さいコーヒー屋さんって今ものすごく多いですが、ブランディングの点ではコモディティ化しているところがあると思っていて。
ポートランドのサードウェーブの流れをそのまま踏襲していたり、サスティナビリティや生産者視点の話ばかりにフォーカスしたり…
でも、考えてみると、そもそもスペシャリティコーヒー自体がサスティナブルなものだし、生産者が尊重される仕組みもあるので、そこをメインに訴求しなくてもいいんじゃないかと思うんです。消費者の人々にそのおいしさをわかってもらって、消費量を増やしていけば、結果としていい循環が生まれていくんじゃないかと。
ポストコーヒーでは、コーヒーという商材を売っているんではなく、コーヒーのあるライフスタイルを売っていきたいと考えています。
だから、クリエイティブもコーヒー中心ではなく、コーヒーの周りにあるものを重視して、カルチャーごと感じられるように作っています。
毎月、コーヒーと共にお送りしている冊子も、普通の制作会社だったら考えられないですけど、テストプリントはしないで、とりあえず刷って送ってます。ミスはユーザーさんから教えてもらって修正するという…笑
新しいコーヒー屋が次々とできている時代ですが、コーヒーが好きで詳しい人のためのコミュニティばかりが大きくなっている気もして。
僕たちが、スタートアップの規模感で事業をすることで、コーヒー業界をカルチャーごと変えていけたら面白いなと思います。
いつでもどこでも誰でも、スマートに美味しいコーヒーが飲める世界を
かなり将来の話になりますが、タピオカ屋のように、街のどこにでもあって気軽に立ち寄れる、スタンド型のコーヒーショップを展開したいなという野望があります。
中国やインドネシアには、そういったスタイルのコーヒースタンドが街のいたるところにあって、一つの文化になっているんです。今のサービスを始める前は、そういった喫茶文化を日本でも再現できないかと色々考えていましたが、そうした国には、キャッシュレスの決済システムが完全に普及している前提があって。
「現金とクレジットカードが強い今の日本では同じようにいかないだろう、それなら家庭からコーヒー文化を作っていこう」そう思って「家庭で楽しむコーヒー」に軸を置くことにしました。
実際にポストコーヒーのサービスを始めてからは、ハンドドリップの体験やその時間自体が、面白い価値を持っていることに気づかされましたね。
今はまだ思い描く未来の2割くらいの地点にいると語る下村さん。ポストコーヒーの見据える未来が楽しみです。
(文:郷田いろは)