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2020.9.24

「産業をつくろう」ときめきから始まった挑戦

今回お話を伺ったのは、日本全国で家事代行サービス事業を展開する株式会社ベアーズの取締役副社長高橋ゆきさん。起業のきっかけとなった香港での原体験から、変化の激しい時代に経営者として考えていることまでを語っていただきました。

夫の言葉にときめいた

今でこそ、家事代行サービスを提供する会社は珍しくないですが、高橋さんがベアーズを創業された当時、類似のサービスは日本にありませんでした。起業に至ったのは、香港での原体験が大きく影響していると言います。

1995年の20代後半、夫婦で海を渡って香港の現地法人で仕事をすることになって。右も左も文化も分からない状態で引っ越して、ワーキングビザが降りようとするタイミングで、私の第一子の妊娠が発覚したんです。その時は、「やばい、まずい、どうしよう」と、とにかく不安でした。会社の人にも相談できず夫婦二人で準備を進めていたんですが、お腹もだんだん出てくるしずっと隠し通すわけにはいかない。

当時勤めていた会社の社長さんに思い切って妊娠していることを打ち明けました。そうしたら、「何をそんなに不安がっているんだ。この国には香港人には縁の下の力持ちがいるんだから大丈夫」と力強くハグされて。その縁の下の力持ちこそ、フィリピンから香港へ出稼ぎに来ているメイドさんの存在だったんです。

フィリピンでは、自国で大学を出てそのまま企業に就職するよりも、他国に家政婦として出稼ぎに出た方が収入が高い。高橋さん夫婦の生活を支えたメイドのスーザンさんも、「出稼ぎをして自国の家族を養う」ことを選んだ女性でした。

スーザンは、英語も流暢で、マナーも完璧で、人柄も素晴らしい。日本人の私たちからすると、「子供を置いて出稼ぎ?」って不思議に思うかもしれないけど、フィリピンではごく当たり前のことで。スーザンから、「なんでも私に仕事をくださいね。仕事をくれることが私の家族を支えることになるのだから、こんなこと頼んでいいのかしらと思わないで」と言われたのが、とても印象に残っています。当時の私にとっては、メイドさんによって助けられたという事実そのものよりも、スーザンという職業自体の凄さが衝撃的でした。

そんなわけで、私の初めての子育ては、スーザンのおかげで明るくて楽しくて幸せでした。でも当時、先輩や同期から送られてくる手紙やファックスには、子育てが辛くて孤独だってことばかり書かれていて。

数年後、高橋さんは日本へ帰国。そこで第二子の妊娠が発覚します。

日本で子育てをしている時、スーザンがいてくれたらいいのに、と何度も思いました。日本でも、お掃除屋さんや家政婦紹介所といったサービスはあるけれど、どれも限られた富裕層向けで、20代夫婦が気軽に使えるようなものはなかった。でも、ないなら自分たちで作ってしまおう、そんな発想で生まれたのがベアーズなんです。

私たちは夫婦創業なんですが、ベアーズを作るとき、夫が「僕たちは、家事代行サービスという事業を作るんじゃない。新しい産業を作るんだ」て言ったんです。当時私たちには2歳の息子と0歳の娘がいましたが、そんなこと関係ないくらい、その言葉に細胞が興奮して。ただ、会社を創ろう、事業を起こそうと言われただけだったらこんなにときめくことはなかったかもしれない。でも『産業を創る』という目標を最初に掲げたからこそ、自社の発展だけを考えるんじゃなくて、同業他社を生んで、同じ志で手を繋いで一つの新しい常識を創っていく…そうやってずっとワクワクしながら仕事に取り組めていると思います。

起業を決意した二人が最初にしたのは、様々な年齢層の人々500人へのアンケート。とにかく、市場のニーズを調査していきました。

その時の質問は5項目です。
・あなたの代わりに家事をやってくれるサービスがあったら頼みたいか。
・具体的にどんな家事を頼みたいか。
・週に何回頼みたいか。
・1回に何時間なら人に家がいても抵抗がないか。
・そのサービスに1回いくら出せるか。

そうすると、「週に1回2時間4980円でそういったサービスを使いたい」という人が多いことが分かりました。
商品から利益率を考えて値段をつけるプロダクトアウトという考え方が一般的ですが、私たちは最初からユーザーの声に素直に、「2時間4980円で危険を伴わない家事であればなんでも承ります」と言って事業を始めたんです。

今となっては、業界をリーディングする企業として、もうちょっと高く設定しておくべきだったかなと思いますが、その時は本当に手探りでしたから。

まさしくゼロから産業を作るべく始まった株式会社ベアーズ。
高橋さんは、創業当時のことを「今だから言えるけど」と笑顔で振り返ります。

価格設定が決まってからは、ビラを配って宣伝。事務所を借りるお金もなかったので、区営住宅の一室を自宅兼事務所のようにして、フリーダイヤルまで引っ張ってきて、とにかく働いていました。人を雇うお金もないので、電話に出るのは私、営業マンは夫。そしていざ、お客様のお宅に作業に伺う時は一人ずつ行く時もあれば、大きなお宅なら二人で一緒に。そんな風にして少しずつ、着実に、事業を前に進めていきました。

誇りを持って働ける職業に

ベアーズでは、お客様のお家にご訪問して作業する人のことをベアーズレディと呼んでいます。高橋さんは、ベアーズレディたちの仕事の価値が、社会にきちんと認められることを大切にしてきました。

20代から80代まで年齢に関わらず、多くの人がベアーズレディとして活躍しています。私たちは、今まで家庭内の労働力とされてきた人々が、外に出て情熱と誇りを持って働ける環境を作りたい、そのために、ベアーズレディというスキルとしてもマインドとしてもプロの職業チームを創りたい、そう考えてきました。

そうやって仕事をする中で、印象的だった出来事があります。ある日、ベアーズレディとして働いていた20代前半の女性から結婚式の招待状が届いて。職場の上司として、主賓挨拶をしてくださいという依頼を受けました。これは、今でも思い出すと胸が熱くなってきますね。それまでは、たかが家事、言ってしまえば「お掃除のおばちゃんでしょ」というような認識だった家事代行という仕事を、ベアーズレディとして働く本人自身が一つの職業として認めて、その上司として結婚式という晴れの場での挨拶をお願いしてくれる。
ベアーズという会社が、ベアーズレディという職業がちゃんと育ってきたんだなと思えて、本当に感動しました。

リーダーは完璧じゃなくていい

いつも明るく、やると決めたことに前向きに取り組んでいる印象の高橋さんですが、投げ出したり逃げ出したくなることはないのでしょうか。

理不尽に思うことも悲しいことも、もちろんあります。でも投げ出そうと思うことはない。私は、変化しないことがつまらない体質だから、なんでも乗り越えてこられると思うんです。

リーダーは完璧じゃないほうがいいんです。完璧だと下もやりづらいし、完璧じゃないからこそ一つのチームとして補い合う力が生まれる。リーダーが完璧だとチームにミラクルは起こらないんです。一人一人が自分ごととしてプロジェクトを動かしていくことが大切だし、全てが完璧な環境の中でやるなら誰だっていい。完璧じゃないからこそ、考えようとする。創意工夫するそれぞれの個性が、組織力や商品力に繋がっていくと思っています。

今でこそ、「リーダーは人間らしさがある方がいい」と語る高橋さんですが、以前は完璧主義で自分にも社員にも厳しい性格だったそう。

昔の私は完璧主義で、弱音を吐かない、体調悪くても無理して会社に来る。子供の保育園から電話が来ても取らない。とにかく仕事最優先で絶対に周りに弱みを見せなかった。
でも、そういった自分の頑張り自体が部下を苦しめていただろうなって思います。それは、いい意味の緊張感じゃないから。
もちろん、お客様に、不自由な思いや不快な思いをさせないことに関しては、緊張感を持つべきです。けれど、私がピリピリしていることに対して部下が緊張しちゃうのは間違っているなって猛省して。

そのきっかけとなったのが2011年の東北大震災。命があることって当たり前じゃなくて、いつ何が起こるかわからない。

そんな前提に立った時、今までの働き方を見直す必要があるなと思いました。

私と関わる人全員に「最高にジューシーで最高にエキサイティングで、忘れられない楽しい時間を過ごした」って思ってもらうこと。それが私の人生の目的なんです。

育休取得率100% 人生をまるごと楽しめる人に

ベアーズの男性社員には立ち会い出産を推奨しています。プライベートなことで休むのって難くなりがちなんです。それは役職があがればなおさら。けれど、人生をまるごと楽しむためには、仕事の時間だけじゃなくて家族を大事にするための時間も絶対に大切です。だから、いつもは絶え間なく連絡が飛び交うベアーズにおいても、休むべきときに休める文化を作ることは意識しています。

個人の幸せってやっぱり企業力につながるんですよ。育休取得率100%なのも、ベアーズのそんな文化あってこそじゃないでしょうか。

個人の幸せを最大化するための多様な働き方を推進してきたベアーズですが、コロナの影響でその流れが加速しています。

今って人類にとってエポックなことが起こっていると思うんです。
今まで会社にくるのが当たり前、会議は対面でするべき、そんな常識がなんとなくあったわけですが、今は惰性でやってきたすべてのことを見直すフェーズにきています。リモートによって、絆や温もり、信頼関係が薄まったからやっぱり集まろうってなるのではなくて、離れていてもより深いコミュニケーションを取るための新しい施策を考えればいい。それだけのことなんです。

社内のオンラインマンスリーイベントで普段実業団チアダンスチームに所属するメンバーがNIJI PROJECTのダンスを披露した一コマ。
「社内盛り上げ隊」には男性のメンバーもいます。

愛に生き抜くために

他人への愛、社員への愛であふれている高橋さんですが、もしベアーズを創らなかったらどんな人生を送っていたのでしょうか。

ベアーズを創る前から、一生働いていたいと思っていました。その時は、キャリアウーマンとして働くとか経済界で頑張るとかそういうことは考えていなかったけれど、何らかの形でプロフェッショナルとして自分の仕事に誇りを持っていたいなとは思っていましたね。子供が好きだったから、保母さんとして働く未来はあったかも。
実は、私のベアーズにおける最終的な目標は、ベアーズ社員の子供や孫を一手に預かる保育園を経営して、その園長先生をすることなんです。

結局、どんな形であれ、人に愛情を与えることに喜びを感じて生きていきたいです。

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