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2020.10.1

『ピープルアナリティクスの教科書 組織・人事データの実践的活用法』 編著者に聞く「人の成長を科学的に支援する最新技術」(後編)

前半では、書籍が執筆されることになった背景やコロナ後の企業と社員の関係性にPAをどう役立てていくべきかの話についての議論が展開されました。後半では、今後のPAをどう捉え、いかに向き合っていくべきかについて伺います。

『ピープルアナリティクスの教科書 組織・人事データの実践的活用法』
編著者に聞く「人の成長を科学的に支援する最新技術」(前編)

北崎 茂(きたざき しげる)氏(写真左)

一般社団法人ピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会理事

加藤 茂博(かとう しげひろ)氏(写真右)

一般社団法人ピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会副代表理事

聞き手:青栁 伸子(あおやぎ のぶこ)

ラグジュアリー・リテール業界にて約20年間人事部門の責任者をつとめたのち、独立。合同会社NOBuコンサルティング代表社員。戦略人事コンサルタント。

ラインマネージャーのサポートツールとしてピープルアナリティクスを

(北崎氏)
今後、リモートワークが浸透していくことを考えると、様々なデータを分析して活用しながら企業も人材マネジメントに取り組む必要があると思います。

日本の人材マネジメントは「管理」することを重視してきたので、上司が部下の進捗をどれだけ詳細に把握しているかが大切でした。そもそも信頼関係をベースにしたものではなかったんです。
しかし、それでは新しいやり方や発想は生み出せません。

今後のマネジメントで必要になってくるのは、マネジメント層が部下を信頼する力だと思います。リアルのコミュニケーションが不足した環境では、マネジメント層がとるべき配慮の種類は変わってきます。いかなる環境でも「人的資源を最大化する」ためにラインマネージャーの武器となるのがデータであり、ピープルアナリティクス(PA)です。

-離れて働いている時こそ、1年前の従業員満足度の結果ではなくて、まさしく今の生きているデータが必要ですよね。

(北崎)
人の感情や心情の変化は目に必ずしも見えるものではありませんが、データとして収集・分析・可視化することで理解が進みます。

その一方で、データを取りすぎるとプライバシーを侵害してしまうのではないかという不安もあります。プライバシーを担保しながら、マネジメントに適切なデータを取っていくためのバランスが肝になります。

これはプライバシーにかかわるデータだからダメだと全部を諦めてしまうと、結局は社員のためにならないこともあるので、とにかくやってみて課題を見つけて改善していく、トライアンドエラーというやり方が大事だと思います。
技術の進化によって解決されるところもありそうですね。

人を幸せにするためのピープルアナリティクス

(加藤氏)
PAで何ができるのかとよく聞かれますが、人のための分析という点が、他の分析とは違うと思います。人間ほど様々な要素でパフォーマンスが変わるものは無いからです。データドリブンではあるけれどヒューマンセントリックである、これがPAです。

PAは現場のマネジメント層のサポートになると同時に、一人一人の従業員にとっても良い影響をもたらします。PAによって、華々しい活躍はしないけれど堅実に頑張っている社員にも気を配れるようになることで、社員は成長するからです。

私がやっている調査に「働く喜び調査」というものがあります。
従業員満足度調査は、過去の事はわかっても未来の仕事の喜びとはあまり繋がらないし、エンゲージメントサーベイでは、それぞれが仕事を通じて会社とどう繋がっているのかを測ることはできますが、仕事に喜びを感じているかを知ることはできません。

不思議なもので、喜びを感じるには適度なストレスが必要だということが分かっています。「マネージャに期待されていない」「この程度の仕事しか与えてもらえない」という状況はモチベーションを下げてしまいます。もちろん、過度なストレスは悪影響をもたらすので、その加減に苦労する企業やマネージャーが多いように感じますね。

-適度なストレスということですね

(加藤氏)
オプティマルストレスを与え続けて、部下の成長をリードすることができるマネージャーは非常に少ないです。

モニタリングで状況を可視化することができても、とるべき正解の行動がはっきりと分かるものではありません。答えはデータにはないんです。そのデータを見て何をどうするか考えるのは人です。データを扱う技術を持った人を育成する必要がありますね。

従業員をケアし、育てていくことは、リスクマネジメントとして常にやり続ける必要のあることです。「うちでもちゃんとデータは取っています」という企業は多いのですが、年に1度の意識調査では意味がありません。その意識が「やっているからいい」ではなくて、粒度や頻度をあげる必要がある、その感覚値がまだ日本の企業は弱いかなという気がしますね。 また最近は少なくなりましたが、データが答えを教えてくれるという感覚を持っている人もいます。PAも昔はそういう感覚で見られていましたが、データはあくまでもヒントでしかありません。

Nudgeという感覚

(北崎氏)
データはヒントでしかないという感覚を最近はNudgeという言葉で表現しています。データは、人が課題やリスクに気づくためのヒントであり、背中を押すようなものでしかありません。データに盲信的にならず、その姿を正しく認識するためのリテラシーを備える必要があると思っています。

欧米でもNudgeという単語はよく使われるようになってきています。データを使ってマネジメント層が従業員の背中を押す、成長を促すという意味合いでしょうか。

ただデータを分析するのではなく、そのデータをどう見せたらマネジメントの意思決定をサポートできるか、よりユーザー寄りの視点にたった形を意識してこれからのPAは進化していくのだと思います。

機械と協力する時代

(加藤氏)
ナギサさんというドラマをご存知ですか。

バリバリのキャリアウーマンのところにおじさんの家政婦がやってくるところから始まるドラマなのですが、人の力だけで何かをするのはもう限界に来ていて、だからといって機械が完全に人間を代替することはできない。Alexaと結婚するわけにはいきませんからね。

どこか完全ではない部分を持った人間同士がコラボレートしながら、機械やデータといったテクノロジーともうまく付き合っていく必要がある。その、ビジョンやフィロソフィーが問われているんだと思います。

(北崎氏)
オンラインコミュニケーションツールが進化し続けているとはいえ、画面越しのコミュニケーションだけでは、コラボレーションスキルが低下したり新しいイノベーションが生まれなくなったりするのでは、と危惧しています。

同じ空間にいれば、発言の意図や人々の関係性等が、人のしぐさやちょっとした表情の変化といった発される言葉以外の情報によっても推し量ることができますが、オンラインのコミュニケーションだとそうはいきません。今後はどのような場がオンラインで行われるべき、実際に対面して行うべきコミュニケーションの区分けやオフィスの在り方などのルール、さらにはオフィスの在り方などをいかに整備していくかが、今後の企業にとっての人材マネジメントに質には大きく影響を与える要素だと思っています。

PAの今後

-最後にPAの今後についてお聞かせください

(北崎氏)
今回教科書を出したのですが、これはあくまで入口なのでPAの世界はどんどん進化していきます。PAの考え方はそこに存在する課題や仮説を検証するためにデータを分析しましょうという考え方なので、環境が変われば課題や取れるデータが変わりますし、当然分析のやり方も変わってきます。

例えば、対面で会いづらい現在の状況下では、「皆がどんな風に働いているかをもっと見えるようにしておいた方が良い」という新たなテーマに対して、どんなデータをどう分析するのが適切なのかを考えています。

PAは、完全な答えを得られるものではありません。目の前の課題に対して、データを使って意思決定をしていくそのプロセスこそが、PAの本質だということは主張していきたいですね。

(加藤氏)
PAを学んで終わりにしてほしくないと思います。残念なのは、「データ分析しました、見ました、面白かったです」で終わりにしてしまうことです。従業員はデータを取るからには何か変化が起こるはずだと期待します。それなのに、何もアクションが起こらないと、「誰のために、何のためにやっていることなんだろう」と不安に思ってしまいます。

まず、データを使うためのルールをきちんと用意すること。その上で、分析結果を元に従業員のためのアクションに繋げること。

うまくいかないこともあるかもしれないけれど、データの良い使い方を共有し合いながら働きがいある未来を思い描ける、そんな風にPAは進化していけると思っています。

インタビューを終えて

ピープルアナリティクス、耳慣れない言葉ではあったのですが、社員一人一人をきちんと理解するためのツールであり、ラインマネージャーをサポートする武器でもあるということがわかりました。

勘と経験と情緒の人事には限界があって、社員が増えると一人一人が認識できなくなる。そこで「タレントマネジメント」という考えが浸透し始め、企業は社員の情報を一元管理して様々なデータを連携させ、より立体的に社員にフォーカスを当てようとしています。

ピープルアナリティクスが扱うデータは「生きた」データ、1年前の従業員満足度調査の結果ではなく、今社員のモチベーションがどう変化しているのか、コミュニケーションは活発なのか、誰と誰が線で結ばれているのか。まさにライブなデータです。

タレントマネジメントシステムによって立体的に描き出された社員のプロフィールに、ライブなデータとその分析結果が加われば、企業は社員一人一人をきちんと理解し、評価し、成長をサポートすることができます。

「PAは社員を幸せにする」そのことを実感できた時間でした。

(文:青柳伸子)

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