2023.3.8
人的資本経営とは?注目されている理由や背景・企業に求められる内容を詳しく解説
人的資本経営とは、企業が継続的に発展するために人材を「資本」と捉え、それぞれの人材の価値を引き出す重要な施策のことです。少子高齢化や産業構造の変化、働き方の多様化などさまざまな背景から、人材資本経営が今注目を集めています。
人的資本経営を社内で活かすためには、どのような要素を踏まえる必要があり、どのような行動に落とし込めば良いのかを理解することが大切です。
本記事では、人的資本経営の定義や注目される理由、背景、企業に求められる取り組みなどを詳しく解説します。
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目次
人的資本経営とは
人的資本経営と似た言葉に「人的資源」がありますが、両者は全く意味や捉え方が違うため注意する必要があります。そもそも人的資本経営とは何なのか、まずはその定義と人的資源との違いを見ていきましょう。
経済産業省による人的資本経営の定義
経済産業省によると、人的資本経営は人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方(※)と定義しています。
※出典:経済産業省「人的資本経営~人材の価値を最大限に引き出す~」
人材を資本として捉える例として、研修やジョブローテーションなどを通して社員に積極的に投資し、経験を積ませスキルを育てることが挙げられます。
2020年9月、経済産業省が開催した「人的資本経営の実現に向けた検討会」の「人材版伊藤レポート」をきっかけに、日本でも人的資本経営の考え方が普及するようになりました。同レポートの内容については、後ほど詳しく解説します。
人的資源との違い
人的資本経営と似た言葉に「人的資源」がありますが、両者の人材に対する捉え方は対照的なため、それぞれの意味を個別に理解しておく必要があります。
まず今回のテーマである「人的資本経営」の「人的資本」は、「人材育成にかかる資金はコストではない」という捉え方です。組織の成長戦略にとって不可欠な投資であり、例えば研修や教育、スキルの高い人材の採用などへかかる費用は惜しみません。
人的資本経営では人材それぞれの特性や能力を正確に把握する必要があり、勘や経験だけに頼らず、人材データの効率的な収集や、数値に基づいた客観的意思決定が求められます。
一方で「人的資源」は、人材を「消費すべき資源(コスト)である」という捉え方です。従来の終身雇用や年功序列は、この人的資源の考え方によって行われていました。社員の将来を意識した投資を行わないため、教育や研修費用をなるべく抑えようとするのが特徴です。
人的資本経営が注目されている理由
人的資本経営が注目されている理由として、社会の変化が挙げられます。ここでは、その主な変化である「ESG経営に対する関心の向上」と「働き方の多様性」について詳しく解説します。
ESG経営対する関心が向上している
ESG経営の「ESG」とは、「Environment (環境)」、「Social (社会)」、「Governance (ガバナンス) 」の頭文字から取った略語です。企業が長期的に成長するためにはこの3つの取り組みが不可欠であり、実際に投資家やステークホルダーはこの3つの観点を重要視して企業を判断しています。
昨今、人的資本経営が注目を集める理由として、人的資本がこのESG経営の3要素のうちの「社会」と「ガバナンス」に含まれることが挙げられます。
前述の通り、ESG経営は企業の成長に不可欠ですが、そのESG経営には人的資本も含まれており、つまり「人材は会社の成長に欠かせない無形資産だ」という考え方です。
実際に、投資家からの人的資本に対する投資状況の開示要請は高まっているのが現状です。投資家のESG経営に対する関心が高まったことにより、企業も人的資本経営を無視できなくなりました。
このような背景から、企業が人的資本経営を実施することは投資家に対して自社の成長性を示すことにもつながるのです。
働き方の多様性が求められている
人的資本経営が注目される理由として、働き方の多様化も関係しています。子育てで時短勤務が必要な社員もいれば、介護でリモートワークが必要な社員もいるなど、今や社員によって抱える事情や必要な配慮はさまざまです。
共働き世帯の増加やコロナ禍、シニア世代の再雇用、さらにリモートワークやDXの普及などから、社員全員が同じ働き方をするのが難しくなっています。
それぞれの社員の能力を最大限発揮するためには、画一的な働き方を強いるのではなく、多様な人材のライフスタイルに合わせた労働環境や仕組みを提供することが重要です。
社員が自身の能力を発揮して活躍することは、企業の持続的な成長に不可欠だと言っても過言ではありません。人的資本経営の考え方をもとに人材に惜しみなく投資することは、社員の能力の最大化を実現することに有効だと言えます。
人的資本の重要性が高まっている海外に関する背景
グローバル化が進む昨今において、海外の企業や社会全体が人材についてどのように捉えているのかを知ることは重要です。人的資本経営についてより深く理解するためにも、人的資本の重要性が海外でも高まっている背景を押さえておきましょう。
S&P500の市場価値において無形資産の割合が伸びている
海外で人的資本経営が注目を集める理由の一つとして、S&P500の市場価値において無形資産の割合が伸びていることが挙げられます。
S&P500とは米国の代表的な株価指数のことを指し、時価総額の大きい500社で構成されています。米国株式市場全体の約80%の時価総額比率があり、米国はもちろん世界の動向を知る重要な指標だと言えるでしょう。
経済産業省の事務局資料によると、このS&P500における市場価値の構成要素が1975年には無形資産の割合が17%だったものの、1995年には68%に上がり、2009年時点では、物的・財務的資産と無形資産の構成比率が逆転し、無形資産の割合は約81%になっていることが記されています。(※)
先述の通り人的資本は無形資産の一つであり、企業の成長性を判断するのに重要な指標です。このように米国では、市場価値における無形資産の割合が高まっており、その影響で人的資本が注目を集めているのです。
※出典:経済産業省|事務局資料
アメリカの証券取引委員会(SEC)による情報開示の義務化
人的資本経営が注目を集める理由として、アメリカの証券取引委員会(SEC)による情報開示の義務化も大きく関係しています。
人的資本情報の開示とは、人材を利益や価値を生み出す資産として捉え、その資産をダイバーシティや組織の保有スキル、ウェルビーイングなど、さまざまな指標で数値化し、開示することです。
どのように人材を教育し、どのような人材を採用しているのか、さらに女性管理職の割合は上がっているのかなどの項目を企業ごとに統一して数値化して開示します。
アメリカの証券取引委員会(SEC)は、この人的資本の開示を2020年にすべての上場企業に対して義務付けました。この情報開示は国際標準化機構が定めたISO30414に基づいており、11領域とその領域に含まれる49項目から構成されています。
その中には、「ビジネス規範に対するコンプライアンス」や、「ダイバーシティ」などがあり、企業はこれらを開示する義務があることから、無視できない存在となっているのです。
人材版伊藤レポートの公表による人的資本経営のポイント
2020年、経営戦略と連動した人材戦略の実践についてまとめた「人材版伊藤レポート」という資料が公表されました。
レポートでは「3P・5Fモデル」という概念を掲げ、人材戦略に求められる3つの視点と5つの共通要素をまとめています。(※)
※出典:経済産業省|人的資本経営の実現に向けた検討会報告書~人材版伊藤レポート2.0~
この人材版伊藤レポートも日本や海外が人的資本経営に注目する理由です。同レポートの詳しい内容については、次で解説します。
3つの視点の要素
先述の「人材版伊藤レポート」が謳う3つの視点は、下記の通りです。
- 経営戦略と人材戦略の連動
- As is-To beギャップの定量把握
- 企業文化への定着
それぞれの視点の要素について、詳しく解説します。
1.経営戦略と人材戦略の連動
デジタル化の進展によりロボットやAIとの共生が不可欠となるなど、時代はめまぐるしく変化しています。企業が長期的に成長するためには、環境変化に合わせながら、企業の経営戦略を達成できる人材戦略を行っていくことが必要です。
まずはその会社が抱える経営面での課題を洗い出し、経営戦略に合う形で人材戦略を考えると良いでしょう。経営戦略を達成するためにはどのような人材が必要なのかを検討し、その人材の能力を最大限発揮させる方法を考えることが大切です。
2.As is-To beギャップの定量把握
As is-To beの「As is」とは現在の姿を指し、「To be」とは目指すべき姿を指します。現在と将来の姿のギャップを理解することで、どのような課題を抱えていて、何を解決すべきかが見えてきます。
まず経営戦略の実現に向けた人材面での課題を特定した後は、現在の姿と目指すべき姿のギャップを数値で定量的に把握することが大切です。
そのギャップを埋めるためには、まず社員の能力や経験、配属などの情報をデータ化します。そして情報が更新されたらアップデートし、常に最新の情報を把握しながら、変化に対応できるよう準備をしておくことが大切です。
3.企業文化への定着
人的資本経営で効果を出すためには、企業文化にしっかりと根付かせる必要があります。企業文化はすぐに変わるものではないので、根付くまで地道に取り組みを行うことが大切です。人材戦略の考え方を社員が意識し、自発的に行動に落とし込むようになるのがゴールだと考えるべきでしょう。
例えば経営目標や企業理念を社員に定期的に分かりやすく伝えたり、現場の社員と管理職が対話する機会を設けたりなどが挙げられます。組織の目指す方向性が社員に伝わるように綿密なコミュニケーションを取るのも一つの方法です。
5つの共通要素
「人材版伊藤レポート」において、3つの視点に加えて重要な5つの共通要素は下記の通りです。
- 動的な人材ポートフォリオ
- 知・経験のダイバーシティ&インクルージョン
- リスキリング・学び直し
- 社員エンゲージメント
- 時間や場所にとらわれない働き方
1.動的な人材ポートフォリオ
経営戦略を達成するには、達成に必要な人材の質と量を充足させることが不可欠です。そのためには、動的な人材ポートフォリオを作成する必要があります。
人材ポートフォリオとは、経営戦略に基づいたどのような人材が在籍し、どの事業や部門に割り当てられているのかをまとめたものです。
急速に変化し続けている社会では、このポートフォリオを「動的」に管理することが重要です。動的に管理するとは、現在どのような人材が必要なのかリアルタイムな情報を更新し、いつでも最新の情報を得られるようにすることを指します。
ポートフォリオを活用すれば、現在の人材情報を把握しながら、将来的にどのような人材戦略を練る必要があるのか将来のプランを練ることが可能です。
2.知・経験のダイバーシティ&インクルージョン
ライフスタイルや考え方が多様化する中、企業が中長期的に成長するためには、さまざまな価値観や経験、考え方を受け入れ認めることが不可欠です。
とくに昨今はグローバル社会での競争が強いられているため、国籍や性別、年齢などに捉われず、それぞれの人材の持つ強みや個性を活かす人材戦略が重要だと言えるでしょう。
海外経験や他業界でのキャリアなど、今まで自社にはなかった知や経験を取り入れることで、多様な個人の掛け合わせによる相乗効果が生まれます。そしてその相乗効果は、他社にはないイノベーションを生み出すことにもつながるのです。
関連記事:ダイバーシティとは?「多様性」に取り組む意味をわかりやすく解説
関連記事:【わかりやすく解説】インクルージョンとは?ダイバーシティとの違い
3.リスキリング・学び直し
社会が急速に変化するのに伴い、それぞれの業界で求められるスキルも刻一刻と変化します。経営戦略を達成するためにはこの時代の変化に対応する必要があり、時代に合ったスキルや知識を身につけるためのリスキリング・学び直しが社員には求められます。
例えば若手社員が高いITスキルを持っていたとしても、管理職やベテラン社員は知識が全くないために、業務の円滑化に支障が出るケースも少なくありません。
このような社員間でのスキルの差を埋め、経営環境の急速な変化に対応するためにも、研修や教育を通して社員それぞれにリスキリング・学び直しの場を提供することが大切です。
4.社員エンゲージメント
社員が快適に働ける環境を提供することは、エンゲージメントの高まりにつながります。そしてエンゲージメントが高まることで、社員は会社に貢献しようという気持ちが芽生え、結果として経営戦略の達成につながります。
社員エンゲージメントを高めるためには、業務にやりがいを感じられる仕組みを構築することが重要です。例えばキャリアプランに合ったポジションを提供したり、副業・兼業など多様な働き方を認めたりなどの方法があります。
社員のエンゲージメントが下がると業務能率や離職率の低下のリスクも高まるため、経営陣や管理職は社員とキャリア志向のすり合わせを定期的に実施し、適切なアサインメントを行うことが大切です。
関連記事:「従業員エンゲージメント」とは|高めるメリット・施策を紹介
5.時間や場所にとらわれない働き方
時間や場所にとらわれない働き方は、社員のエンゲージメントを高めるだけでなく、企業の存続にも不可欠です。災害などの有事の際、安心・安全な環境で事業を継続できることは、社員の精神面はもちろん会社の将来を守ることにも役立ちます。
時間や場所に捉われない働き方を実現するためには、リモートワークができるIT環境を整備したり、時短勤務でも問題のない配置を用意したりなどの方法が挙げられます。
デジタル化などで柔軟な働き方を進めるのと同時に、リモートワークでどのように部下を管理・評価するのかなど、マネジメント面の課題についても考えていくことが必要です。
人的資本経営において企業に求められる内容
人的資本経営を実現するために企業に求められる行動は「人的資本経営を実現するための環境整備」と「人的資本経営の情報開示」の2つです。それぞれの内容について解説します。
人的資本経営を実現するための環境整備
人的資本経営を実現するためには、社内の労働環境を整備する必要があります。具体的には、社員それぞれの持つ経験やスキル、ニーズなどを把握し、それらに応えられる仕組みを構築することが挙げられます。
例えば個別面談で社員のスキルやニーズを把握し、面談の情報をもとに適切なポジションへ配置するのも環境整備の一つとなるでしょう。
また環境整備にあたっては、まずその会社の中長期的な経営戦略を立案することがポイントです。その経営戦略を主軸に構えながら、「3P・5Fモデル」をもとに人材ポートフォリオを作成したり、必要に応じてリスキリングの場を提供したりします。
人的資本経営の情報開示
国内外で人的資本経営は注目を集めており、それと同時に人的資本経営の情報開示を求める動きが始まっています。
2023年に金融庁は、人的資本の情報を有価証券報告書へ記載する旨を義務付けた方針を示しました。ただし情報を開示するのは一部の項目であり、また義務化の対象となるのは上場企業などと限定的です。
人的資本を開示することは、企業を支える投資家へ自社が人材を大切にしていることを示し、理解を得ることにつながります。また、その会社の課題解決への取り組みなどを明確にすることにもつながり、経営戦略の達成に向けて行動しやすくなるメリットもあります。
労働環境の整備・適切な人材管理を行い人的資本経営を目指そう
人的資本経営を理解して取り入れることは、企業が長期にわたり成長するために不可欠です。人的資本経営に必要な人材の評価・配置の精度を高めたいのであれば、「CYDAS」を活用するのがおすすめです。
「CYDAS」では、社員一人ひとりの能力やスキルのほか、資質や価値観などの目に見えない部分も管理できます。リアルタイムな情報を一元管理できるため、事業に必要な人材を適切なタイミングで見つけることが可能です。
社員のエンゲージメントを高め、会社の経営戦略をいち早く達成する人事戦略を行うためにも、ぜひ活用してみてください。